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ブーメランインタビュー

ブーメランインタビュー(く・天野選手)前編

 ブーメランインタビュー・・・ブーメランの世界で活躍されている方々に、メール等でアンケート形式のインタビューをさせて戴き、ブーメランの魅力や競技のコツなどを語って戴くシリーズです。

 ブーメランインタビューシリーズの2回目行きます!

 京都大学に「く」と言うユニークな名前のブーメランサークルがあります。「く」は日本で数少ない学生によるブーメランサークルであり、JBAの競技会に選手を派遣 している唯一の大学のブーメランサークルであります。

 今回は、「く」の創設者である天野君(京都大学4年)に、インタビューをさせて戴きます。

 ※天野君・・・天野さんとすべきかも知れませんが、普段から天野君と呼んでおりますので、、(^^ゞ

 

 (写真:2006ブーメラン世界大会での天野選手)

 Q(MASA)「定番の質問ですが、初めてブーメランを投げたのはいつですか?」
 
 A(天野選手)「大学に入る前の春休みですね。2004年の3月半ばです。中学校の頃からフライングディスクが好きで、一緒に投げている友達がいて、高校に入っても投げたりしていたんですけど、その人と話しているときにふと、大学に入ったらブーメランでも投げようか、という話になったことがあって(笑

 高校生の僕らは、大学生ってアンダーグラウンドでマニアックなものだと思ってたんです。一言でいえば、大学っていうのは変なところだと。だから、僕らの意識の中では大学とブーメランはわりと相性良く収まってたし、そういう空気を未だ見ぬ大学生活に期待していた、みたいな気がします。スピードボールとか、インド将棋とか、まあ何でも良かったんですけど、そういえば友達がブーメラン投げようかとか言うてたなぁってことで、僕の場合はファーストチョイスがブーメランだった、ということです。」

 Q(MASA)「なるほど、、なんとなく分かる気がします。(笑)さて、次の質問ですが、非常にユニークな【く】と言うサークル名について、なんで【く】にしたんですか?(関西弁)」
 
 
A(天野選手)「なんとなくでもわかってくれるとその後の話がだいぶ楽になります。なぜ【く】にしたのかは良く聞かれるので、一度きちんと答えたいと思ってました。【く】に決まった経緯からまず説明しますと、サークルの名前を決めようとしたもののアイデアが出てこないので、とりあえず案をたくさん出そうということになりまして。30ぐらい出したあとに、【く】が出てきたんですけど、みなさんの予想通り、最初に出たときは、まあ、それはないと。今の言葉で言えば「どんだけー」と(笑)それから【へ】とか【し】とか【っ】とか【L】とかが半ば無理矢理に出たんですけど、いろんな意味で【く】を上回る物が出てきそうにない、とうっかり漏らしたところ、満場一致で意見が通ってしまいまして、めでたく【く】に決定となったわけです。

 そのころはもう大学のサークルのネーミングのひねりの無さに淡い期待の一角を崩されていましたから、ここで俺たちが、とも思ってました(笑)実際には、サークルのアイデンティティを表現できる名前を付けるって、難しいことだと思うんです。だいたいはそのまんま(ランニング同好会)か、無関係な外国語(ブルーベリー)か、なので。FRAME SHOTとか飛翔会とかは、うまいことやってると思います。名前の文字自体でサークル全体を表す、というところに重点を置いたネーミングだと思います。

 決してかっこいい名前だとも思わないし、ブーメランサークルの名前として適しているとも思ってません。説明不足で、何も伝わらないし、そもそも【く】って何かわからない。それでも、僕らが名乗るにはこれ以上適したものはないと思ってつけました。この端的さと説明の無さ、わかる人にだけわかる感じが僕らだと、そう認識していただければオールオッケーです。
 
 完全に蛇足ですが、今サークルの名前を付けるとしたら【^】にします。ブーメランっぽい。」

 Q(MASA)「昨年のブーメラン世界大会に、日本代表選手として団体戦&個人戦に出場されていますが、選手としての世界大会の感想をお願いします」

 
A(天野選手)「歯が立たなかったというのが競技面での印象です。最初の団体戦は無我夢中でやったという感じなので、何も考える余裕がなかったのですが、だんだん慣れてきて、個人戦の頃には他の選手を見ることも少しは出来てきました。上手い選手が最悪の結果の時、僕が最高の結果を出しても、全然及ばない。言葉にするとこういう事なんですけど、実感として味わってしまうとかなり応えます。結局、全ての面で足りないというのを思い知ることとなりました。

 競技以外では、海外の選手が友好的なことに驚きました。話しかけていくとだいたい好意的に対応してくれるんです。競技の時は真剣、それ以外で盛り上がれるときは盛り上がる、みたいなお祭り好きの精神が、不慣れで緊張している身にはありがたかったです。

 でも競技で結果を出さないと誰も名前を覚えてくれないんで、次回はその辺りを目標にしていきたいです。」

 Q(MASA)「世界大会を経験できて、その雰囲気を知れたと言うのは大きいですよね〜(^^ゞ 次の質問ですが、得意な種目・苦手な種目はありますか? そして、どちらの練習に重点を置きますか?」

 
A(天野選手)「得意な種目は・・・これといってないです。得意だと思って練習しなかったら次は必ずひどい目にあいますし、得意といってもその程度なので。苦手な種目は・・・特に苦手意識を持ってしまうと上手くいかないようになるので、これが苦手、というのは考えないようにしてます(笑)しいて言えば全部苦手です。

 ですが、こんな答えだと素っ気なさすぎるので、各種目に対するイメージとかをみなさんに紹介します。

 どちらかといえば好きなのはアキュラシー。風との一度一分の駆け引きがしびれます。見てると地味ですけど、実は内面はすごく興奮してます。

 一番好きなブーメランはMTA。高く飛んで、なかなか落ちてこないというあの動きが、理論がわかった今でもやっぱり不思議です。

 濱口さんとの差がこれ以上広がるとまずいと思ったので、最近練習量が増えてきたのはファストキャッチ。朝凪、夕凪の中で速いのを投げる気持ちよさは他ではちょっと味わえないです。一番いいところに5回投げる、という単純なことの難しさも味わえます。

 今一番練習したいのはトリックキャッチです。捕るときに集まる視線を意識して練習すると集中力を保てるかも、と思うんですがあまり上手くいってないです。捕る動作の美しさにも僕は魅力を感じます。

 どちらかといえば好きじゃないのがオージーラウンド。どうすればうまくいくのかを掴みきれていないので、いつも風任せです。まだブーメランを育てている最中ですね。投げ込みが足りないです。

 練習量はファストキャッチ>アキュラシー≫トリック≒オージー>エンデュランス>MTAの順で多いと思います。練習場所の都合でどうしても偏ってしまうんですが、どれもまんべんなく、出来れば一日で2種目ぐらいに絞って、何回かで全部やるような練習が理想です。

 絞り込むのは、気になったこと、やりたいことを全部試す時間を確保するため、投げる数を増やして一度の練習で何かを掴むためです。まんべんなくやるのは、各種目にあった投げ方を忘れないためです(笑)

 以前MTAばかり投げていて、オージーが投げられなくなったことがありました。高いところにまっすぐ投げるものと、低めに傾けて投げるもので全く感覚が違うので、そういうことになったんだと思います。それ以来、ちょっと気をつけています。」

 Q(MASA)「なるほど、、勉強になりました。(マジで)人の練習方法を聞くと色々勉強になるんですよね〜(^^ゞ さて、、今、4年で会長職は退いたと聞いていますが、この3年間の【く】での活動を振り返ってみてください。具体的に1番大変だった事と、1番嬉しかった事も聞いておこうかな」

 
A(天野選手)「いきなりですが、初めはサークルを作るつもりはなかったんです。友達に、ブーメランが面白いから投げよう、っていって誘ってただけでした。ところが、そのうちの一人がどうせならサークルにしようと言いだして、本当にメンバーを集めてきたりしたので、じゃあやってみようかと。

 サークルを作る意義が、そのころは特にありませんでした。せいぜい、場所代を頭割りに出来るってことぐらいで。サークルにすると、練習もみんなで、何か決めるにしてもみんなで、ブーメラン以外の交流もある程度しないといけない、となって、自分じゃなくてサークルを中心に動くことになる。明らかにデメリットの方が多いと思いました。それでもサークルを作ったのは、簡単だったから。その一言に尽きます。作ろうと思うだけで作れたんです(笑)学校の援助は何もないですが、それでいいなら二人集まればもうサークルです。嫌ならやめりゃいいやって、そういうノリでした。

 サークルをやっていくことの一番の魅力は、何でも自分たちで決めて出来るということでした。ネーミングにしてもそうですが、大学の他のサークルを見ていて、もっとこうすればいいのに、たのしいのに、人が集まるのに、って思うことがある。そんなとき、思ったことを実際に試してみる場所がある。僕にとって【く】は、画家にとってのキャンバスみたいなもので、思いの丈をかきなぐって、自らを表現する数少ない手段でした。それで振り回された人は大変だったと思いますけど、感謝してます。

 最初の年は、集まったメンバーのほとんどが元からの友人でした。彼らはもちろん黎明期を支えてくれた貴重な人材なんですけど、基本姿勢が、僕らに協力してくれる、って感じだったので、サークルの代表がサークルのメンバーにお手伝いをお願いする、という歪んだ構図を生んでしまいました。いまならそれでもかまわないと思えるんですけど、そのころはサークルのことを考えるのはメンバー全員の仕事だと思っていたので、これじゃあサークルのメンバーじゃなくて個人的な友達に過ぎないではないかと。

 次の年、初めて対外的に勧誘をして、一般のブーメランへの関心の低さを思い知りました。自分が感じている魅力が全く他人に伝わらないというもどかしさがありましたが、ブーメランに興味を持ってくれる新人が来てくれて、何とかなるかなとも思いました。しかし結局は個人間で折り合いが悪くなって離脱、興味がなくなって離脱、とやっぱり上手くいかなくて。

 【く】の運営に自分の全てを投影している身として、勧誘が上手くいかないことは、自分が否定されていることと同じですから、これは何とかしないと、と思いましたが、思いつくことはやり尽くしていたので、これ以上どうすればいいのかわかりませんでした。結論として、一人じゃ駄目なんだと。個人で全部まかなえるほど万能ではないことを自覚して、新しい風を吹き込んで再起を図るのが次の年の目標でした。

 3年目、去年と同じことしかしなかったのにたくさんの人が来てくれて、勧誘はなぜか大成功でした。彼らの意見を取り入れながら新しいことにも挑戦して、3年目にしてようやく軌道に乗ったと思えました。いままで【く】に関わった全ての人のおかげでなんとかここまでこられたという感じです。日々考え、日々考えを改め、それが日々反映されてサークルが出来ていく、ハードな毎日でしたが、十分に楽しかったです。

 4年目にして会長職を退くことが出来たのですが、それでもやっぱりどうなっていくかが気になって、考えることはやめられないです。

 一番うれしかったことは、夏合宿ができたことですかね。サークルを作ったときはまさか3年でここまで出来るようになるとは思いませんでした。7人も集まって但馬まで出かけていって、3泊4日のうち3日が雨っていう散々な合宿だったんですけど、あれも【く】らしくてすごくよかったと思います。

 一番大変だったのはやはり新入生の勧誘です。勧誘をするだけでもいろいろと大変な上に、結果が人数という目に見える形で問われる、それが日々の重圧となってのしかかってくるのが、かなり辛かったです。」

 後編につづく!

 
 >>>>>>>>>>>>ヽ(^。^)ノ

 Many
 Happy Returns!

  • 2007.09.26 Wednesday
  • 21:28

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